医療職は患者の命を左右する現場に立ち会う心身ともにタフな職業だ。昼夜問わず患者の命を守るために判断し行動することは、いつも大きな責任やプレッシャーがつきまとう。ストレスによって医療者が体調を崩したりバーンアウトしたりすることは決して珍しくない。
看護師として働いていると数ヵ月に一度、限界を突破したりトラウマになったりするような勤務を経験することがある。それは日本とイギリス、どちらも一緒で勤務後には心身ともにすり減って何もする力が起きないときもある。あまりの大変さに泣くこともあるし、同僚のそういった姿を見ることもある。
世界的に医療者の自殺率は一般職よりも高いことが研究に明らかになっている。イギリスでは女性看護師の自殺率が一般女性と比べて23%も高く、アメリカの看護師にも同様の傾向がある。医療者は一般職より自殺率が高いリスクを持つため、メンタルヘルスを健康に保つセルフケア、そしてサポートが重要である。
イギリスの国営病院(NHS)には職員向けの心理サポートがあり、職員であれば福利厚生として無料で利用できる。トラスト(いくつかの病院がまとまったグループ)によって提供するサポートは異なるが、私の勤務先では心理カウンセリングを通してのリフレクション・トレーニング・トラウマ的な体験後のサポ―トなど職員の状況に合わせてさまざまな支援が充実している。今回は職員向けの心理サポートを受ける機会があったのでその経験をシェアしたい。
医療者がサービスを受ける側になる
普段、医療者は患者にサービスを提供する側であるが、NHSでは医療者がサービスを受ける側になることもある。日本は患者サービスの手厚さとは裏腹にサービスを提供する側の健康や権利は見落とされがちである。自分より他者を優先の習慣がどこの場面でもみられるし、周囲からもそのように期待されやすい。イギリスではそういった価値観はほぼ見られず、自分を大切にすることの重要性を日々感じている。
心理サポートの申し込み
きっかけはキャパシティを超えた仕事量とストレスフルな勤務を経験したことだった。
普段はストレスを感じたときは好きなことをしたり、ゆっくり休む時間を多く取るようにしているが、このときは心がどんよりした日が続き「これはまずい」と思うようになった。そのときに職員向けの心理サポートを思い出して一度受けてみようと申し込みをした。
申し込みは病院専用のウェブサイトから行う。かなり込み合っていたようで申し込みから一ヵ月以上の待ち時間があること記載されてあった。自傷や他害などの緊急を要するものは、職員向けの心理サポートの対象外のため地域の心理サポートに連絡するよう促す注意書きがあった。
待っている間に気持ちの変化もありそうだと思ったが、カウンセリングを一度受けてみたいと思っていたので気長に待つことにした。とりあえず自分のために行動したこと、心理サポートを申し込んだことで少し安心ができた。最終的には約2ヵ月待ち、カウンセリングを受けるときには完全に回復していた。キャンセルをしようと思ったが、出来事のリフレクションと今後のストレスマネジメント対策を学ぶために受けることにした。
カウンセリングを受ける
カウンセリングはオンラインで自宅から行った。カウンセリング数日前に現在の心理状態について答えるアンケートが届き、カウンセリング前にオンラインで提出した。
カウンセリングは1時間で、完全に匿名であり安心して相談できる環境であることを最初に説明があった。最初の20分くらいは基本情報の聴取で私のバッググラウンドを理解しながら少し雑談を挟みながら進められた。国籍、宗教などのマルチカルチャーのロンドンならではの質問や家族はどこに住んでいるか、現地にどのくらい友達がいるのかなどサポートの有無など外国人看護師にとって重要なポイントを確認する重要な質問もあった。イギリスで看護師・患者の立場になって気付いたことだが、バッググラウンドの理解を重要視していると感じる。多様な社会だからこそ、対象に合わせてその人を理解する姿勢が常にある。
今回私が主に話したかったことは、勤務中のトラウマ級の出来事と外国人看護師としてイギリスで生きる苦労の2つだった。印象的だったのは担当者が常に聞き役に徹して、否定も肯定もせず話を聞いてくれたことだった。そのおかげでこんなに自分の考えや感情を人に話せるんだと自分でも驚くほど話すことができたし、否定も肯定もされない世界がこんなにも心の平穏に繋がるのかと思った。
そのあと、ストレスの対処を聞かれ自分なりの方法を話した。それについても特に否定も肯定もなく、話すうちに自分に合うストレス対処法を取れていることを気付いた。これがリフレクションの効果だとカウンセリング後に実感した。
カウンセリング後
カウンセリングは継続して受けることができる。私の場合は必要はなかったため今回で終了となった。今後も色々と悩んだり危機を迎えたりする場面があると思うので、また必要なときに利用しようと思う。
私の好きな言葉のひとつに”It’s okay not to be okay=大丈夫じゃなくても大丈夫”という言葉がある。上手く行かなかったとき、落ち込んだときなどそのような場面に出くわすと居心地が悪いけど、大丈夫ではない日があっても良いんだと思わせてくれる。生きていれば楽しいことも大変なこともあるし、どんなときも自分に優しくありたいと思う。
イギリスではメンタルヘルスの重要性が一般に浸透しているためメンタルヘルスの理解あり、サポートが日本より充実していると感じる。日本でも医療者の健康が大切にされ、適切なサポートを受けられる体制が出来て欲しい。
海外で看護師として働くあなたへ
看護師は心身ともに重労働な職業です。そのハードな仕事を海外で行うことは、難易度が高く、些細な出来事でも困難な状況に陥る可能性があります。こうしたリスクを理解し、メンタルヘルスのケアに配慮すると同時に、助けが必要なときには家族、友人、また社会的なサポートを積極的に頼ることが重要です。各トラストにはメンタルヘルスをサポートする体制があります。助けが必要なときは迷わず利用してみてください。
最後にイギリス看護師が使えるおすすめのメンタルヘルスのアプリShiny Mindを紹介します。このアプリはNHS職員であれば無料で利用できます。リフレクションを通してストレス・不安が軽減できることが研究で証明されています。私もこのアプリを使ってメンタルヘルスのセルフケアをしています。
参考:
- Suicide among female nurses
- Risk of Suicide Higher Among Healthcare Workers, RNs in particular, Study Finds
- 正看護師など一部の職種の医療従事者は自殺リスクが高い