イギリスの医療と看護

日英看護師がみたイギリス看護師ストライキの一部始終

2022年12月15日と20日、イギリス看護師は賃上げを求めてストライキを行った。王立看護協会(RCN)の106年の歴史の中で初めてのことで注目が集まった。

ストライキは2日間に渡って実施され、私は両日ともに勤務だった。人生で初めて大規模ストライキを目の当たりにし、ストライキへの考え方が変わる出来事になった。

イギリス看護師とストライキ

イギリス看護師は19%の賃上げを求めてストライキを起こした。国営病院(NHS)に務める看護師の給料は、国が定めていて毎年少しずつ上昇している。

しかし2010年以降、看護師の給与は実質的に下がっている。政府が医療制度をないがしろにした結果、看護師をはじめとする医療者の賃金が低く抑えられていることが原因だ。以前から看護師の低賃金は度々問題になったいたが、2022年に入りインフレ率が急上昇したことがストライキに繋がった。また、新型コロナの猛威によって看護職の負担が爆増したことにより看護職全体が疲弊していることも大きい。

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ストライキ投票

2022年9月、政府は看護師の賃上げを発表した。役職によって異なるが、看護職は約4%の賃上げが決まった。賃上げはしたが、年々実質的に給与が低下しているから4%では足りないし、同月のインフレ率は10%を超えて生活が厳しくなるスタッフが増えた。その結果、協会はストライキ決行を目指して投票を始めた。

連日のように電話、ショートメール、メール、手紙などあらゆる手段を活用してストライキ賛成の投票呼びかけをした。

協会から届いたストライキに関する会報

ストライキに対する不安

このときはストライキには賛成でも反対もできなかった。低賃金の改善は間違いなく賛成だが、ストライキによって生じる患者の不利益を考えるとどうしても本当に正しいとは思えなかった。

そして私は病院にビザをスポンサーしてもらっているため、ストライキに参加することによってビザに影響が出ないか不安はゼロではなかった。しかし、すぐにストライキは労働者の権利であり、参加者に不利益が被らないことを協会が強く保証したためこの心配はなくなった。職場でもこのような心配をしていたのは私だけだった。労働者の権利が保障されているのはイギリスの良いところだ。

もうひとつの心配した点は、給与についてだ。ストライキに参加した日は給与は支給されない。多くのイギリス看護師は12時間勤務で1回のシフトで得る額が大きい。ストライキに参加者は協会から給与の約1/3のにあたる金額が給付されるが、生活のためにもストライキに参加するより給与を得たい気持ちがあった。

現在、イギリスではストライキが相次いでいる。2022年は鉄道や郵便局などがストライキをしていて、かなり不便な生活を送っている。このような不便さと迷惑を患者にも経験させるのは、やはり違うのではないかと思い結局ストライキ賛成投票はできなかった。

ストライキ数日前

ストライキ数日前、私が勤める病棟はストライキ対象外になることが決まった。元々、患者の安全を守るためにストライキには制限があったが、直前に自部署が対象外になることは少し驚いた。最終的にストライキは手術室、検査部、外来部門など病棟ではない部署の看護師が参加できた。

ストライキ当日

ストライキ当日は、日勤と夜勤の両方を経験した。いつもと変わらない勤務であったが、手術などはすべて延期になっため、どちらかといえば普段より落ち着いている勤務だった。

当日は病院から食べ物と飲み物の差し入れがあり、ストライキへのポジティブな雰囲気が溢れていた。医師やコメディカルもストライキのバッジやシールを付けていて、看護職をサポートする姿勢が伝わってきた。

病院からの差し入れ

日中はストライキに参加した看護師が病院前に立ち、正当な賃金を求めて訴えた。外から病棟内に届く歓声が心に響き、これは私も何か行動を起こす必要があると奮い立たされ、休憩中に応援しに行った。

病院前を通りすぎる車が次々とクラクションを鳴らし、看護職を応援していることが伝わってきた。スタッフからは自ら状況を変えていく強い信念が見えて、初めてストライキが生み出すパワーを全身で感じた。

患者のことを考えるとストライキは必ずしも正しいと言い切れないが、行動を起こさないと何も変わらない。ストライキが政府と世間にアピールする最後の手段である。

今回、私にはストライキに参加する勇気がなかった。参加してくれた同僚たちに感謝の気持ちでいっぱいだ。

臨床現場の現実

イギリスの看護師不足は主に低賃金であることが原因である。今までは欧州連合(EU)の看護師によって支えられていたが、2020年のEU離脱よりEU看護師の労働力に頼れなくなった。国内では看護師のなり手が不足、新型コロナで多くの看護職が離職した影響で現場の人手不足はかなり深刻なレベルだ。

イギリスの国営医療は、国民の命を守る本来の役割を果たせていない。救急部門での待ち時間は数時間から半日、専門医にかかるまで数ヶ月待ち、病棟では看護師1人あたりに担当する患者の増加など深刻なレベルである。こういった状況が今では通常になっているが、日本医療を経験した身からすると患者の命に関わる異常事態である。人手不足が主な原因であり、人手を増やすためには正当な賃金が必要不可欠である。

イギリスのスナク首相が国民を守るためにストライキ規制法の導入の検討をしていたが、そもそもストライキは国民の命(医療)守れていない結果だと知って欲しい。国民を守るというなら、適切に財源を医療に回すべきであり、この発言にはがっかりした。

残念ながら政府は話し合いを拒否し、看護職の賃上げは実現からまだまだ遠い。しかし、今回のストライキによって多くの市民は看護職の賃上げを支持していることを実感し、ストライキの意義ついて学んだ経験となった。

看護協会の強さ

今回のストライキでイギリスの王立看護協会はリーダーシップを発揮し、賃上げを求めてたくさんの行動を起こした。ストライキがどういった意味を持つのか看護職と世間に発信し続け、どのようにして行われるのか入念に考えられて実施された。

協会は会員に常に最新ニュースを届け、情報発信力に非常に長けている。日本の看護協会と同じく任意加入であるが、日本と比べて看護職を守る意識の強さがうかがえるし、とても満足している。看護職の未来は協会にかかっている言っても過言ではない。医療は政治と深いつながりがあるため、変えていくには政治的に強く訴えていくパワーが必要だと実感した。

今後もイギリス看護師の一員として看護師の正当な賃金のために声を挙げていきたい。

参考:

Pay for some nurses has fallen in real terms since 2010

イギリスのインフレ率11%超 40年ぶりの高水準 光熱費の高騰など原因

September 2022 inflation data

イギリス各地で救急隊員や看護師のスト続く、年明けにも決定

UK PM Sunak plans anti-strike laws to protect lives, jobs – Daily Mail

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Mari
Mari
日英看護師。2012年看護師免許取得。総合病院勤務を経てカナダへ医療英語留学を経験。2021年に渡英しイギリス看護師免許を取得。ロンドンNHS病院の循環器病棟に勤務。

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