イギリスの医療と看護

看護師の病院内での地位:日本とイギリスの比較【後編】

前回の記事でイギリスと日本の看護師の社会的地位の違いについて取り上げた。

看護師の社会的地位:日本とイギリスの比較【前編】イギリス看護師の社会的地位私は日本とイギリスの両方で看護師としての経験があり、よくイギリスの医療状況や違いについてよく聞かれる。多くの違...

一般的に、歴史的な背景と階級制度からイギリスでの看護師の社会的地位は低い。ある程度の看護師の社会的地位が認めらている日本とは異なり、イギリスで働き始めてからそのギャップに何度か落ち込んだ。しかし、イギリスで看護師として経験を積むなかで看護師の病院内での地位は、日本とイギリスではまったく違う景色が見えるようになった。

今回は日本とイギリスの看護師の”病院内での地位”の違いについてシェアしていきたい。

イギリス看護師の病院内での地位

「地位」という言葉を聞くと地位が高いか低いかを考えると思うが、イギリスの病院ではすべての職員が平等でフラットな関係である。これはイギリスで働き始めてから驚いたことで、職業やバッググラウンドに関係なく、人はみな平等であることが大前提として認識されている。

日本の医療は医師が患者の治療方針を決定し、医師の指示や方針をもとに看護師・療法士などその他の医療職が患者に医療を提供していく。その過程には多くのスタッフが関わり、意見交換が交わされるが医師の影響力は大きく、多くの決定権を持っている。

一方でイギリスの医療は、医師・看護師・療法士・薬剤師など多職種でチームが形成されていて、チームのメンバーの全員が対等な関係である。イギリスでは専門がより細分化されているため、分野に合わせて各医療職に裁量権がある。

たとえば、退院に支援が必要な患者に対しては、退院支援専門の看護師と作業療法士がそれぞれ専門的に関わっている。転院と訪問看護の調整については、退院支援専門看護師が調整し、患者に必要なサービスは作業療法士が判断し指示を出す。こうした形で各職種の役割と専門が明確に定まり、各医療職が主体性をもって業務に携わっている。

各医療職の地位

各医療職が専門性を発揮できるかは医療職の地位向上にもつながっている。イギリスでは看護師の裁量権が幅広く、トレーニングを受ければ小手術や薬の処方ができる。専門看護師であれば外来で患者を担当し必要に応じて医師と連携している。

なかでも一番衝撃的だったのは、カテーテル治療の説明、同意書の説明とサイン、検査後の診察、退院をすべて行っていたのが看護師だったことだ。一緒に働き始めて数ヵ月以上、医師だと思っていた人が看護師だと知ったときの衝撃は今までも忘れられない。この役職はアドバンス・プラクティショナー(ANP)と呼ばれ、かなり高度な知識を持っている。この患者に医師が患者に関わったのはカテーテル治療のときのみであった。

各医療職が専門性と主体性を持っているおかげか、それぞれの医療職がリスペクトされお互いが対等な関係性を築けていると思う。

暴力・ハラスメント

日本で看護師として働いていたときには、パワーハラスメント・セクシャルハラスメントが横行していて、我慢するのが当たり前の日常だった。ハラスメントは患者から受けることもあれば、上の立場である上司、先輩、多職種から受けることもある。

イギリスでは、患者の暴力・暴言に対してZero tolerance(ゼロ・トラレンス:小さな違反でも容認せず厳しく罰すること)ポリシーをとっていて、職員や他患者に危険が及ぶ場合は診療を拒否することもある。病院内には、暴力には一切容認しないことを表明するポスターが張られている。

NHS病院の患者からの暴力反対に関するポスター

スタッフは患者の暴力に対応する必要はなく、身の危険があるときは自分の身の安全を守ることが徹底されていて、暴力が起きた場合はセキュリティが対応してくれる。日本で働いていたときは暴力的な患者がいても医療スタッフのみで対応するしかなかったし、自分自身の身の安全を守ることは考えられてなかった。

日本でもハラスメントに対する意識が高まってきているが、ハラスメントを告発するのはハードルが高いしハラスメントをした者に対する処分が甘いと感じる。イギリスでは、ハラスメントに関してもゼロ・トラレンスの姿勢を取っており、ハラスメントをした者は厳しく処分される。また、自分に不利益なことが起こったときには、その場で反論する人やすぐに上司に報告する人が多く、それも抑止力になっていると思う。もちろんイギリスでもハラスメントやいじめは存在するし完璧ではない。でも、日本と比べて圧倒的に働きやすく、何か問題があったときには適切に対応してもらえる環境が整っている。

暴力とハラスメントがどのように看護師の地位に関係するのか疑問に感じる人もいるかもしれない。日本で起こるパワーハラスメントとセクシャルハラスメントについては、職業的地位と文化的背景から生じているものが多い。たとえば、特に男性医師から女性看護師に行われるパワーハラスメントとセクシャルハラスメントは医師と看護師の職業的地位の差と男尊女卑が根底にあり、ハラスメントが容易に起こりやすい。

日本とイギリスでは、看護師の社会的地位や病院内での地位に差があり、個人的には一番の違いであると思う。日本とイギリス、どちらも良いところ・悪いところがあるけど、労働者としてはキャリアが多彩で安全が守られているイギリスのほうが働きやすい。

 

ABOUT ME
Mari
Mari
日英看護師。2012年看護師免許取得。総合病院勤務を経てカナダへ医療英語留学を経験。2021年に渡英しイギリス看護師免許を取得。ロンドンNHS病院の循環器病棟に勤務。

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