イギリスの医療と看護

イギリスの医療崩壊|イギリス医療と看護師を取り巻く問題

イギリスと国民保健サービス

イギリスの医療保険は国民保健サービス(NHS)と呼ばれ、医療費は一部の処方薬を除きすべて無料である。基本的には病院までの交通は自費になっているが、病気によって車や交通機関で医療にアクセスできない人には無料で送迎サービスも行っている。

1948年にNHSが誕生してから現在2024年まで76年もの歴史を持ち、イギリス人とNHSの結びつきは深い。すべての人に平等な医療を提供するNHSの理念やシステム、自国の医療が無料であることはイギリス人にとって大きな誇りとなっている。

イギリスが抱える医療問題

私は2021年にイギリス看護師になるために移住した。以前からイギリス医療はひっ迫していると聞いていたのでそれなりの覚悟はしていたが、実際に働いてみて思うのはイギリス医療はすでに立ち行かない状況で崩壊していると感じる。

イギリス医療が抱えている問題は数えたらキリがない。NHS全体で約120万人のスタッフ不足、予約・治療待ちは約100万人、救急外来での待ち時間の影響で最大約1万4千人が死亡と調査で明らかにされるなど先進国とは信じがたい数字だ。その他にも、ある病院では1万9千人が3日間も救急外来で待たされたり、患者から地元の病院が満床で廊下で入院生活を送っている人がいたと報告を受けたこともある。

”崩壊”という言葉は大げさなのでは思う人もいるかもしれないが、こういった状況が現実にあるし、日本にいたら助かったであろう事例を見聞きするとこれはすでに崩壊していると思わざるを得ない。これらの大きな原因は政府による医療費削減の影響だが、予算が適切に使われていないといった指摘もある。

政治と医療

なぜ現政府(保守党)が医療の財源を絞っているかというと、そのほうが自分たちにとって都合が良いからだ。

政治家は裕福なため待ち時間の長いNHSを使う必要がなく、民間医療保険でスムーズに医療を受けることができる。NHSがどうなろうと政治家は医療で困ることはない。

政治家の中には民間医療保険会社と人材派遣会社をビジネスで所有している人がいる。NHSの治療待機患者が増えれば民間医療の需要が増え、スタッフ不足を補うためにNHSに人材派遣をすれば売上げが増える。NHSが運営に苦しめば苦しむほど政治家が利益を得られる仕組みになっているのだ。また、とある民間医療保険会社は保守党に献金をしていて政治と医療は密接に結びついている。

イギリス看護師を取り巻く問題

給料

まずイギリス看護師の問題として挙げられるのが給料だ。イギリスの給料はバンド制になっており、新卒看護師はバンド5から始まる。薬剤師を除く多くの医療資格をもった職員(※1)がバンド5にあてはまる。これに加えて休日手当・夜勤手当(約£3,000~3,500)が加算される。

下記はバンド5の給料表。ロンドンであればエリアによって大都市手当が加算される。

2年以下 £28,407
2-4年以内 £30,639
4年以上 £34,581

※1)理学療法士、作業療法士、言語療法士、栄養士、放射線技師など

ちなみにイギリスの平均年収は約£34,000であり、平均年収に到達するのは働き始めてから3年目以降になる。夜勤休日出勤がなければ平均年収に到達するまでは4年以上かかる。

ちなみにイギリスの医療システムと似たようなシステムを持つカナダ、オーストラリア、ニュージーランドは新卒の時点で平均年収以上の給料を得ている。

昇給

バンド5の給与を見て分かるように、昇給額の幅は大きいが昇給は2回で終了する。バンド6,7…と上に進んでいくためには経験を積み面接を受ける必要があり、全員が目指せるポジションではない。

救急救命士や助産師は規定のトレーニングを受ければ自動的にバンド5から6まで昇格するのに対し、看護師は昇格を目指さない限り永遠にバンド5のままである。最も一般的な看護師のバンドは5でイングランドの看護師の約42%を占めている。職場によって各バンドの人員配置が決まっているので空きが出ない限り(誰かが辞める)どんなに経験を積んでも給料で正当に評価してもらえないことがある。

あらゆる制度、標準化されたものがない

イギリスの医療現場には、他の国にある制度や標準化されたものがない。

患者受け持ち人数

たとえば、看護師の患者受け持ち人数に設定はなく各病院にまかされている。日本の急性期病院では患者1人に対して看護師7人と医療法で定められている。

労働組合は患者8人に対して看護師1人を配置することを促しているが、法的な拘束力はない。私の同僚や学生から聞いた話をまとめると、急性期病院では看護師1人あたり8~10人、最大で15人受け持ちをしている。患者の受け持ち人数は看護の質と患者の安全に直結する重要なことであるが、各病院にまかされている。

バンドが標準化されていない

また、さきほど紹介した「バンド」の標準化はなく各病院によって役割や業務が決められている。そのため、本来ならば上位のバンドがやるべきことを下位のバンドにやらせていることが往々にしてある。これもバンドの標準化がないため、病院や上司の采配によって業務内容が決まってくる。

基本的に病棟ではバンド6のシニアスタッフが責任者業務やジュニアスタッフの指導をまかされているが、バンド5にやらせている病院もかなり多い。日本の専門看護師と似たような立ち位置のクリニカルナーススペシャリスト(CNS)は基本的に師長と同じバンド7であるが、バンド6のCNSポジションもある。バンド6のCNSはバンド7を育てるためのトレーニングポジションの位置づけであるが、安い労働力として都合よく使っている病院もある。

バンド毎の人員配置基準がない

職場に各バンドのスタッフが何人必要かというガイドラインがないため、人員配置は各病院にまかされている。通常、各部署には必ず師長(バンド7)が1人いるが、その他のシニア(バンド6)、ジュニア(バンド5)の人数は決まっていない。病院の予算が厳しければ人件費の高いバンドの人数は少なく設定される。

外国人看護師への依存

現在、NHSでは約4万人以上の看護師が不足している。人手不足の解消として一役買っているのが外国人看護師で私もその一人である。政府の対応を見ていると、国内の成り手を増やすより外国人を使って人手不足を解消しようとしている。

新型コロナ、ストライキの失敗を受けてここ数年で看護学部の志望者数は激減していて、今後の自国民の成り手不足の深刻化は避けられない。

さらに安い労働力の活用

2016年には看護助手と看護師の間に位置するナーシングアソシエイト(NA)が発案され看護職の一員として徐々に人数が増えている。日本でいう准看護師の立ち位置だが、看護師ではなくNAが患者を担当して得るメリットは何なのか、私にははっきりと分からない。結局のところは看護師より安い労働力を作り、人員コスト削減に励んでいるようにしか見えないのが本音だ。

NAは看護師のバンド5のひとつ下のバンド4でどんなに長く働いても平均年収を超えることはできない。看護師と同じく人の命に関わるのに平均年収以下の給料は本当にありえないと思う。

各部署における看護師配置の基準がないため、このまま人員コスト削減が進めば責任者は看護師1人、そのほかはNAで患者を受け持つ未来もそう遠くないのかもしれない。これは医療と看護の質に関わってくる問題だが、予算が厳しいと安全と質が妥協されていくだろう。

このアソシエイト職の問題は看護師以外の職種にもあり、医師と療法士の間にも広がっている。すべては人件費削減の一環で広まっている職である。医師のフィジシャンアソシエイト問題はイギリスの内科医りいさんのブログで詳しく紹介されている。

おわりに

医療は生活のインフラでもあり、費用を削減すれば守れる命が失われていく。そして医療スタッフは疲弊して医療現場から去っていく。すべての人が平等に医療を受けることができるNHSはイギリスの誇りなので、その素晴らしいシステムが持続可能なものになるような運営をして欲しい。

イギリスはもうすぐ選挙があり、NHSの行方が大きな選挙戦のひとつになっている。

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参考

ABOUT ME
Mari
Mari
日英看護師。2012年看護師免許取得。総合病院勤務を経てカナダへ医療英語留学を経験。2021年に渡英しイギリス看護師免許を取得。ロンドンNHS病院の循環器病棟に勤務。

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