イギリス医療を支えるヘルスケアアシスタント
イギリス国民保健サービス（NHS）においてヘルスケアアシスタントは欠かせない職であり、イギリス医療を支える縁の下の力持ちの存在だ。ヘルスケアアシスタントはHCA（エイチ・シー・エー）と呼ばれ、職名に”アシスタント”とあるようにイギリス医療のあらゆる場面において補助業務に携わっている。
ヘルスケアシスタントの日本での立ち位置は看護助手にあたるが、業務内容は多岐に渡る。イギリスでは看護師がやる必要のない業務に関してはヘルスケアアシスタントに任せている。これは役割分担＝タスクシフトのひとつで看護師の負担軽減に役立っている。
- 血圧測定（バイタルサイン測定）、記録
- 清潔ケア（清拭と入浴介助）
- 採血、点滴針挿入
- 点滴針の抜去
- 心電図
- 血糖値測定
- 水分出納チェック
- 食事量のチェック
業務は職場によって異なるが、上記の業務は病院で働くヘルスケアアシスタント仕事となっている。ただ、採血や血糖値測定などの技術は研修が必要で試験に合格したヘルスケアアシスタントのみできる。日本の医療者からしたらイギリスのヘルスケアアシスタントはここまでやるのかと驚くかもしれない。ここで挙げた業務は、日本では清潔ケアを除いたすべてを看護師が行っている。
HCAの紹介動画（英語）
ヘルスケアアシスタントの業務を知ってからは「この業務は看護師がやらなくても良いのか」と気付くことが多くあった。これだけの業務が看護師でなくても済むとなると、看護とは・看護師の役割とは何か深く考えさせられる。
メリットとデメリット
ヘルスケアアシスタントの役割が幅広いおかげで看護師が看護師業務に専念できるのがメリットだ。これだけの業務をヘルスケアアシスタントにやってもらっている間、看護師は何をしているのかと疑問に思う人もいるかもしれない。ヘルスケアアシスタントのおかげで業務の負担が減ったとしても、忙しさ的には日本と変わらず、患者のケアや記録にすべて回すため時間はあっという間に過ぎていく。そして、効果的な役割分担のおかげで定時に仕事を終えることができている。
最大のデメリットは患者の全身状態の把握度が下がることだ。患者と接する時間が減るため患者の変化や状態を把握しづらい。すべてやっていた日本で働いていた時代と比べると、患者を把握する度合いは落ちていると感じる。
また、色々な業務をヘルスケアアシスタントに依頼しているため、その都度きちんと業務が行われているか確認する必要がある。優秀なヘルスケアアシスタントになら全面的にまかせられるが、人によっては確認や手伝いをする必要があり余計に仕事が増えることもある。
ヘルスケアアシスタントへの役割分担が進む理由
役割分担が進んでいる背景として、看護師が専門職としての業務に専念できるようにすることが理由として挙げられる。このような傾向は私の知る限りではアメリカ・オーストラリアでもあり、看護師の資格がなくてもできる業務はヘルスケアアシスタント、非医療職にまかせている。
また、イギリスでは人件費を抑えるためにヘルスケアアシスタントの活用が進んでいる。NHSは政府の緊縮政策によって資金不足が深刻な問題となっている。資金が足りなければあらゆる費用を絞っていく必要がある。そこで看護師より人件費の安いヘルスケアアシスタントにより多くの業務をやってもらうことで人件費を抑える動きが進んでいる。そして看護師により多くの患者を受け持たせることで、さらに人件費を抑えている。
病院にもよるが、日夜勤ともに基本的に看護師は8人〜受け持つことが多く、病欠が重なれば最大で15人を受け持つこともある。ちなみに私の勤める病院は最大で6人受け持ちと設定している。その代わり多くの業務を看護師が行なっている。
ヘルスケアアシスタントの給料
NHSの給与はバンド制と呼ばれ各バンド毎に給料が決まっている。ヘルスケアアシスタント（＝HCA）はバンド2であり時給は￡11.45、日本円にすると2,200円(￡1＝約190円)。円安のため良い時給にみえるかもしれないが、イギリスの最低賃金は£11.44であるため、最低賃金よりわずか￡0.01（約1.9円）高いだけである。
バンド2には年次昇給がなく昇格しなければ一生同じ給料である。昇格すればバンド3のシニアヘルスケアアシスタントとなり、時給が最大￡1（約190円）と上がる。病院によってはヘルスケアアシスタントをバンド4として雇っている場合もあるが、バンド4は准看護師（ナーシングアソシエイト）の位置づけになっているため、基本的にはヘルスケアアシスタントはバンド2～3までとなっている。
各バンドの時給
| バンド2（HCA） | ￡11.45 |
|---|---|
| バンド3（シニア） | £11.67～12.45 |
| バンド4（准看護師） | ￡12.86～14.11 |
| バンド5（看護師） | ￡14.53～17.69 |
この時給から見える通り、イギリスのヘルスケアアシスタントの給料は最低賃金並みでキャリアアップと昇給が望みにくい。イギリスでは看護師の賃上げが話題になっているが、同時にヘルスケアアシスタントの給与を正当に評価すべきである。
以前、オーストラリアでアシスタントナースとして働き月給80万円を稼いでる日本人看護師が話題になったが、イギリスのヘルスケアアシスタントで多くのお金を稼ぐことは難しい。
おわりに
イギリスの医療においてヘルスケアアシスタントは欠かせない存在であり、できることも幅広い。イギリス医療を語ると政府による緊縮政策のためのしわ寄せを語らずにはいられないのでネガティブな部分が目立ちやすいが、役割分担については日本が参考にできることが多くある。これからさらに高齢化が加速し、看護師不足と業務負担が増す日本社会では看護助手への安全なタスクシフトが議論されても良いと思う。
参考：
- Guidance on safe nurse staffing levels in the UK
- Safe staffing for nursing in adult inpatient wards in acute hospitals
- Agenda for change – pay rates
- Pay scales for 2023/24
