イギリスの医療と看護

イギリスの看護教育|3年間で即戦力を育てる看護実習

イギリスの国営病院(NHS)で看護師として学生指導に携わり、日本とイギリスの看護実習が全くと言っていいほど異なると感じる。日本の実習は患者の安全性を重視しているため学生ができることは少ない。しかしイギリスの実習は看護師の見守りのもと、ほとんどのことを実践させるため卒業の時点で即戦力となる人材が育つ。

日本で看護教育を受け、臨床で数年間かけて”一人前”のレベルに到達した私にとって、イギリスの看護実習は実践的で違いにかなり驚いた。今回は指導者の視点からイギリスの看護実習についてシェアしていく。

私は日本での指導者経験はありません。今回の話はあくまでも私が日本で看護学生だった頃の経験(約10年前)とイギリスでの看護学生の指導者・評価者(Practice advisor, Pratice assessor)としての経験であることをご了承ください。

日本とイギリスの看護教育

まずイギリスの看護教育は大学教育で日本にある短期大学、専門学校はない。世界的に看護教育は大学教育(学位)が主流となっている。

教育時間と実習時間

イギリスの大学は3年制で日本よりも1年短いが、イギリスは2300時間以上の実習が必須で日本よりも1000時間多い。教育期間が1年短いことを考慮すると、イギリスの看護教育がいかに実習に時間を費やしているかが分かる。

  日本 イギリス
期間 4年 3年
教育時間 約5600時間 4600時間以上
実習時間 約1350時間 2300時間以上

※日本の教育・実習時間は1単位45時間として計算

イギリスの看護実習

イギリスの実習は、実習というより実地訓練または労働に近い。看護師と1対1でペアとなり、担当看護師の指導と見守りのもと基本的にすべての看護業務を行う。一般的にイギリスでの受け持ち患者人数は6~10人くらいで夜勤実習もある。

実習は病院の看護師に完全にまかされている。大学の教員に連絡を取るときは学生に何か問題があるときで大学の教員とは滅多に関わらないし、病院には来ない。日本の教員は実習の様子を見に来るし、学生一人ひとりの状況を細かく把握しているのでここは大きな違いだと思う。

看護学生ができること(看護師の指導・見守り要)

  • バイタルサイン測定
  • 与薬
  • 点滴(準備のみ)
  • 清潔ケア、移乗
  • 報告、申し送り
  • 採血、点滴針留置(試験要、大学による)
  • 点滴・ドレーン類の抜去

学生の学年とスキルに合わせてどのような指導とサポートが必要か、どこまでやらせるかは担当した看護師が判断し責任を持つ。あくまでも学生のため、一人で行えるのはバイタルサイン測定、ほぼ自立している患者の清潔ケアくらいで、あとは常に見守り適宜指導をする。

患者の安全に配慮した上で看護師の指導のもと、何でも実践させるため3年後の卒業する時点で現場で働けるレベルの人材に育つ。

指導方法の違い

文化的な違いからか指導方法にも多くの違いがある。日本では事前学習が重要視されていて疾患や実技の知識・根拠を常に指導者から求められる。実技に関して事前学習が十分でないと厳しく指導を受け、実技を実施させてもらえないこともあった。分からないことをその場で教えてもらえることは少なく「次までに調べてきて」と宿題が出る。

イギリスは分からないことがあって当たり前という認識があり、分からなければその場で説明・指導して学習をサポートする。どんなに小さな質問をしても快く応えるし、そんなことも知らないのかと問われることもない。同じことを2回以上聞いても問題ない。

看護過程の記録なし

日本の看護実習といえば看護過程の記録に追われるが、イギリスは数行の簡易的な振り返りのみで帰宅してから取り組む記録はない。評価面接のときに実践したこと・目標・リフレクションの記録はあるが、看護過程を展開することはない。看護過程を記録上で仕上げるより、現場でどの都度、実践を通して学んでいくのがイギリスのスタイルである。

日本で実習していたときは、実習中は記録のために睡眠時間を削るのが当たり前だった。本来なら実習時間が終了すれば、文字通り実習は終了のはずで自宅で長時間の記録に取り組むことが通例になっているのはおかしいと思う。

行動計画なし

今も日本の実習で行われているのか分からないが、朝一に指導者にその日の行動計画を発表する時間があった。イギリスは行動計画の発表はなく現場の看護師と同じように申し送りを受けることから始まる。アセスメントや実技の実施などがあれば、その都度必要事項をその場で確認する。

学生と看護師の立場は平等

学生と看護師の立場は平等であり、チームの一員として受け入れられている。挨拶を無視されることはないし、叱られる、責められる、泣かされる、執拗に詰められる、人格否定される、吊し上げられることは絶対にない。(私は看護学生の頃にすべて経験しました。)

評価される学生の立場は弱いけど、こういった理不尽なことには学生も黙ってはいない。不適切な指導をしたら学生はすぐに上に報告するし、大問題になる。そもそもこういった指導は、イギリスではハラスメントでありえないことだと認識されている。

学生から評価される

私は実習の指導者・評価者として学生の実習の合否を判断する立場にあるが、学生からも評価をされる。学生は実習終了後にアンケートに答えて実習の満足度や改善点などを記入し、指導者を評価する。看護師側はどの学生が書いたかは分からないので学生の匿名性が守られている。

この相互で評価できるシステムは健全で実習を受け入れる側にとってもフィードバックをもらえるのは良いと思う。

日本の学生との違い

日本の緊張感のある実習のなかで育った私から見たら、イギリスの学生はリラックスした印象を受ける。ロンドンは外国人の学生もたくさんいて出身国に関わらず、ほとんどの学生が意欲的だ。本来ならば必要以上に緊張する必要はないし、学生にとってはイギリスのリラックスした雰囲気が良いと思うけど、日本では絶対に見ないような態度の学生もいる。

遅刻する学生、自信満々な学生、申し送りのときに聞いていない学生、休憩を時間より多く取る学生、ガムを噛んでいる学生(スタッフにもいる)、携帯を頻繁にいじる学生

日本で実習中にこんなことをしたら袋叩きに合いそうでこっちが恐縮するくらいだ。規則や振る舞いに関してはイギリスのほうが良く言えば寛容的、悪く言えば緩い傾向がある。何でも寛容的なわけではなく、プロフェッショナル性に欠けるときはきちんと指導をする。

メモを取らない学生

イギリスではメモをとる習慣はない。日本で学生と新人時代を過ごした私は、メモをとる習慣がついていて、イギリスで働き始めたときメモをたくさんしていた。現職場で働き始めて3年経つが、メモを取っている人を私以外で見たことがない。私の職場は多国籍で色々なバッググラウンドを持つ人が働いているが、おそらくメモを取るのは日本独自の習慣だと思う。

日本では「メモを取らない」と冷ややかな目で見られて評価が下がる傾向が少なからずある。メモをとることは、説明を聞く・理解する・書くを同時に行うの複雑な作業だから、すべての人に合う方法とは限らない。イギリスでは分からないことがあるとき、近くの人に聞いて確認するのでメモをする必要がないし、メモをとることを求められることもない。

メリットとデメリット

あらゆることを指導のもと実践できるのはイギリスの実習の良いところで、卒業の時点で現場で通用するレベルに仕上がるのは素晴らしいと思う。学生が主体的にのびのびと動く姿は、日本では見ない光景で学生の能力を最大限に引き出すには素晴らしい環境だと思う。

デメリットとしては、実践に重きを置くため根拠を学びにくい。根拠を学べるかは学生の自己学習と指導者の質に左右されやすい。

才能のある学生

年に一度、一人くらいの頻度で才能と可能性に満ち溢れた学生に出逢う。対人関係スキルがずば抜けて高く、適度に自信があり、コミュニケーション能力が優れていて、主体的に動くことができる。そういった学生は人柄も良く、アセスメントもよくできて非の打ちどころがない。

才能のある学生は学ぶスピードが速いから私の看護師経験10年以上の経歴もあっという間に抜かすようなスピードで成長していく。ひょっとして私よりできるのではと冗談抜きで思うし、あまりの出来具合に驚異を感じるくらい才能のある学生がいる。こういった才能に溢れた学生と働けることは光栄で、彼らから立ち振る舞いやコミュニケーションから学ぶことも多い。

こういった学生は日本では見かけない。これは日本の学生が出来ないから、というわけではなくて、単に文化と指導方法による違いによるからだ。

学生の悩み

日本とイギリスの学生どちらも悩むことは似ている。実習で理想と現実のギャップに悩んだり、心無い指導者にあたったり、バーンアウトしている看護師を見て辞める学生もいる。

おわりに

日本とイギリスの実習を一言で表すと日本は修行、イギリスは訓練だ。日本の看護実習は理論的で根拠を学び、記録を重視している。イギリスは実践的でやりながら覚えていく。どちらが良い悪いということはないけど、イギリスのほうが実際の現場に合わせた実習方法で実用的だとは思う。

日本の看護実習の良さは、理論と根拠を徹底的に指導することで、質の高い看護師を育成できるところにある。新人教育にも通じることで、きっちりとカリキュラムが組まれているので抜け目がなく、どの看護師を見ても一定の質以上の人材を育てることができる。

国によって教育・指導方法が異なるので同じ看護職を育てるにしても、大きな違いがあっておもしろい。それぞれの国の良いところ学び合って、お互いに発展し合えたら良いと思う。

参考:

ABOUT ME
Mari
Mari
日英看護師。2012年看護師免許取得。総合病院勤務を経てカナダへ医療英語留学を経験。2021年に渡英しイギリス看護師免許を取得。ロンドンNHS病院の循環器病棟に勤務。

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