はじめに
前回、イギリスで看護師として働くメリットについて紹介した。
海外で看護師と聞くとキラキラしていてカッコいい印象を抱く人もいるかもしれないけど、外国人が海外で働くのはそれなりに大変なこともある。今回は私がイギリスで一年半、病棟看護師として働いた経験を元にイギリスで看護師として働く現実とデメリットをシェアしたい。
デメリット
給料が低い
イギリス看護師のデメリットして真っ先に挙げられるのが給料だ。多くの先進国では看護師は平均以上の給料がもらえるが、イギリス看護師の平均年収は国全体の平均に届くか届かないかくらいである。
物価に合わせて給料は見直されているものの、国民医療サービス(NHS)で働く看護師の平均給与は2010年以降、実質的には8%減少している。低賃金は国内でも度々問題になっていてイギリス看護師労働組合はストライキを起こし、現在も賃上げのために戦っている。
イギリス看護師の給料については下記の記事で詳しくまとめている。
仕事の過酷さ
仕事の過酷さは日本とほとんど変わらない。人手不足のため一人あたりの仕事量が多い、忙しくて休憩が取れないなどは日本とさほど変わらない。日本と比べて計画性がないため突然何の前触れもなく、患者を受け入れなければならないなどサバイバル感が強い。
人手不足のため他部署に派遣されることが多くあり、経験の有無は関係なく人数合わせのために派遣される。病棟毎に扱う病気が異なるため、特に経験がない部署で知らない人と働くことは心理的ストレスはものすごく大きい。患者と看護師の双方に危険なことであるが、人手不足のため仕方ないこととしてまかり通っている。
労働環境は職場によって大きく分かれるところだけど、どの職場も政府の医療費の緊縮政策によって資金不足・人手不足が大きな負担になっていることは共通している。
構造的な人種差別
国営医療では、多くの外国人スタッフが働いていて外国人が働きやすい労働環境が整っている。そして人種・性的マイノリティなどあらゆる差別に反対しており、差別的な言動や行いは厳しく処分される。
しかし、差別は言動や暴力だけでなく構造的な差別も含まれる。2022年のイギリスの看護労働組合の調査では、白人看護師は黒人とアジア人看護師と比べて2倍も昇格しやすいことが明らかになった。
私はロンドン中心部で働いているため特に外国人スタッフが多い。体感的には約90%が外国人スタッフであるが、師長より上のマネジメントレベルになると全員がイギリス人(白人)である。イギリスで働き始めてから周囲で様々な人事を見てきたが、全体的にイギリス人(白人)が昇格しやすいのは明らかに感じる。外国人はここまでは昇格できるが、この先はかなり難しいと思わせるガラスの天井がある。この人種分布の不均衡は構造的な人種差別だけでなく、他の要因も絡み合っているため別の機会にまとめたい。
こういった構造的な人種差別がありながら、外国人看護師のキャリアアップを全面に押し出して外国人看護師をリクルートしている姿はグロテスクだと感じる。構造的な人種差別はイギリスに限ったことではない。異国で外国人として働く以上、こういった構造的な人種差別は避けて通れない道なので国が外国人看護師をどのように捉えているか、サポートしているか調べることをおすすめする。
この話を聞いてイギリスに幻滅する人もいるかもしれないが、特にロンドンは異文化に寛容的で外国人看護師をひとりの大切なスタッフとして大切にしている。他の国は分からないが、外国人看護師をここまでサポートしキャリアアップの支援もする国はそうそうないのではと思う。ただイギリスの地方で働く日本人看護師の友達を聞くと、外国人看護師はロンドンより肩身が狭そうに感じる。人種の多様性は地域性、職場、上司にもよるので運次第なところもある。
人種差別については、あんなさんの記事がとても勉強になります。おさらい: 「差別」 「ヘイト」 「マイノリティ」ってなんだ?
イギリス医療の現実
日常的に医療が崩壊
政府の医療費緊縮政策によって医療へのアクセスがしづらい状況になっている。緊急で命に別状がない限りは専門医にかかるまで数ヵ月待ちが通常である。
2021年の調査によるとイングランドでは780万人が治療を待っている状況だ。2022年の救急外来での平均待ち時間は3時間21分、この長い待ち時間によって2万人以上の超過死亡に繋がったと考えられている。
慢性的な看護職の人手不足
イギリスでは看護師が慢性的に不足していて2022年の国の調査では約5万人の看護職が不足していると言われている。人手不足の原因は、医療費の緊縮政策、EU離脱、賃金などが絡み合い、人手不足が人出不足を呼ぶ負のスパイラルに陥っている。この人手不足を補っているのが外国人看護師で私もその内のひとりである。
労働力と賃金の搾取
イギリス国営医療の一スタッフとして働いて思うのは、国営医療はあらゆる搾取によって成り立っているということだ。人手不足は他国から人的資源を搾取し、資金不足は医療スタッフの低賃金という形で搾取している。
国営医療の良さは、様々な国籍のスタッフがいて人種の多様性が豊かであることだ。しかし、この多様性は主に途上国からの低賃金労働(cheap labour)によって生まれたものであり、先進国による途上国の搾取の縮図である。先進国と途上国の格差によって生まれたこの多様性を無邪気に喜んでいいのかと常に複雑な気持ちになる。
社会的地位の低さ
イギリスの看護師の社会的地位は低く、感謝はされるが専門職としてのリスペクトが欠けている。先進国の中でも看護師の社会的地位は圧倒的に低いように感じる。
これはイギリスの階級社会が深く関係していて簡単に変えることはできない。現在でもイギリスでは階級制度が深く残っており、経済的な差だけでなく、日常生活にいたるまで差が生まれている。
伝統的な階級社会
上流階級、中流階級、下級階級といった階級は、一般的に、まずは職業の違い、つまり、肉体労働に従事しているか、企業などの管理職についたり専門職についてるかなどによって区分され、次に教育、そして、住居や話し方などの生活様式、そして、収入、家系などが影響してくる。英国の階級社会より引用。
歴史的にイギリスでは看護師は労働者階級の仕事であり、女性が大多数を占める職業であったことから長きにわたり社会的に評価されてこなかった。社会的な評価の欠如は、賃金で正当に評価されていないことからも明らかだ。
こういった背景から看護師自体にポジティブなイメージを持っているイギリス人は少ない。
イギリス人から見たら給料が低く、過酷な労働環境であるため将来有望な職業とは言い難い。経済面でいえば、日本では看護師は安定して収入を得られる職業として知られているが、イギリスでは安定はしているものの低賃金であるため、敬遠されやすい職業という位置づけである。
個人的に給料より、イギリスにおける看護師の社会的地位の低さが一番辛い。自分が誇りに思っている職業が社会で正当に評価されないのはやるせない。
おわりに
ブログを始めた当初から、良いところ・悪いところも両方含めて、なるべく中立的な視点で物事をシェアすることを心掛けている。
海外で看護師というと、キラキラしてカッコいいというイメージを持つ人が多いと思う。でも、文化が異なる環境で第二言語を使って働くことは想像以上にタフである。国ごとにメリット・デメリットは異なるし、人によっても感じ方はさまざまだ。海外の看護師免許取得の仕方だけでなく、その国で生きていく者として国の成り立ち、経済、移民に対する姿勢など多方面から見てみるとよいと思う。
海外で看護師に興味がある人、目指している人は、英語試験やその国の看護師免許の取得の仕方だけでなく、その国で働くデメリットもリサーチすることをおすすめする。人によって意見は異なるので複数の人の意見を集め、自分が最終的にどう感じるかを大切にして欲しい。
参考:
- Staff shortages in the NHS and social care sectors
- NHS waiting lists approaching likely peak of 7.3 million as regional health inequality grows
- A&E waits linked to more than 23,000 excess deaths last year
- NHS pay 2022-23
- UK nursing strikes: Which countries pay nurses the most and the least in Europe?
- Real-terms fall in UK nurses’ pay is part of wider trend
- Black and Asian nurses overlooked for promotion due to structural racism, RCN research reveals
- How many NHS staff are foreign nationals?
初めてコメントさせていただきます。イギリスで看護師を目指していてブログを参考にさせてもらっています。MARIさんの周りで日本または母国で医療経験なしでイギリスの看護師になられた方はおられますか?どのようなルートを通って資格取得に至ったか教えていただけると嬉しいです。
kntaさん
こんにちは。
私の周囲では、日本での医療経験なしでイギリスの看護師になった人はいません。職場の同僚は経験の差はあれど新卒で来た人は私は会ったことはありません。イギリスの大学に通い看護師になった人なら何人か知っています。
個人的な意見になりますが、日本人看護師がイギリスの病院で働く場合は、最低でも2年間の臨床経験は必要かと思います。イギリスの新卒看護師は、卒後の時点で患者を複数受け持ち、ほぼ自立して働ける力がついています。日本と差があるので安全面で少し心配があるかもしれません。
イギリスは自国での臨床経験は関係なく、免許は取得できるので免許の取得方法は非EU/EEA圏であれば皆同じです。ブログで方法は解説しているので読んでみてください!