看護師とリーダーシップ
看護師は様々なスキルを求められるが、欧米で最も重要視されるのはリーダーシップスキルだと感じる。日本ではリーダーシップは師長などのマネジメント職だけに求められるものと思われがちだが、イギリスの医療現場ではすべてのスタッフにリーダーシップが求められる。リーダーシップが重要視されていることもあり、イギリスでは看護師向けのリーダーシップ研修が充実している。
日本とイギリスのリーダーシップの違い
日本の看護現場におけるリーダーシップは、「リーダーだけのもの」とされがちだ。役職を持たない限りはリーダーシップを求められることは少なく、リーダーは指示を出して全体を統制するトップダウンのスタイルが多い。
一方、イギリスの看護現場では、リーダーシップは「みんなのもの」とされ、主体性と積極性が求められる。患者について話し合う際には、自分の意見が必ず求められ、職業、役職、経験年数に関係なく、対話を通じてみんなで物事を決めていく。
イギリスで看護師として働く中で感じるのは、リーダーシップとは単にチームを率いたり、部下に指示を出すことではなく「自らの役職(役割)の中で主体性を持って行動すること、チームに影響を与えること」である。
与えられた仕事を黙々と、時間通りにミスなくこなす受け身の働き方に慣れ親しんできた私にとって、主体性と積極性が求められるイギリス式のリーダーシップには戸惑うことが多かった。
リーダーシップは誰もが身に付けられる
リーダーシップは生まれ持った才能だと思われがちだが、実際には誰もが身につけられるスキルである。生まれ持った素質もある程度あるかもしれないが、リーダーシップは学習や経験を通じて得られるスキルだ。「スキルがないなら学び、習得すればよい」という考え方で、リーダーシッププログラムを受けることにした。
看護師向けのリーダーシップ研修
2024年のハイライトのひとつは、フローレンス・ナイチンゲール財団(FNF)が主催するリーダーシップ研修に参加したこと。FNFは、看護界のパイオニアであるナイチンゲールにちなんで名付けられた財団で人々の健康を向上することを目標に掲げ、看護職に奨学金やリーダーシップ研修を提供している。
2024年に創立90周年を迎えた、長い歴史を持つ看護団体である。第二次世界大戦(1939〜1945年)以前から活動を続けていると考えると、その歴史の深さに改めて驚かされる。このような由緒ある財団の研修を受講できたことを光栄に思う。

研修内容
研修期間は一年で、数ヵ月おきにオンラインと対面のセッションを受けた。
リーダーシップ理論
リーダーシップとは何か、どのようなリーダーシップスタイルがあるかを学ぶ。
MBTI診断
MBTI(Myers-Briggs Type Indicator)は、個人の性格タイプを分類するための心理学的なツール。自己理解の一貫としてテストを行い、9ページに渡る壮大なレポートをもらった。
結果はESFJ、領事館型。自分が持つ特性について納得したところ、新たに気付いたところがあっておもしろかった。タイプに合わせたリーダーシップのアドバイスもあって役立った。
セルフ・プレゼンテーション
王立演劇学校(Royal Academy of Dramatic Art:RADA)の講師をゲストに迎え、声の出し方、立ち振る舞いを学んだ。RADAはイギリスの名門かつトップクラスの超有名な演劇学校。
パブリックスピーキングの場で自分をより良く見せるために使う言葉や態度、振る舞いもスキルのひとつ。イギリスで上位職についている人は、このセルフ・プレゼンテーションがとても上手い。あくまでも演技ではなく、ありのままの自分を表現できるように演劇の観点からセルフ・プレゼンテーションを学ぶのはとても役に立った。
QIプロジェクトについて
医療現場における QI(Quality Improvement)プロジェクト とは、患者ケアの質を向上させるために改善をしていくことを指す。近年、国営医療サービス(NHS)で注目されていて、さまざまな病院が取り組んでいる。
私は前職場で水分出納バランスの改善に取り組み、TOP5のプロジェクトに選ばれ、研修のセレブレーションイベントでプレゼンテーションを発表した。研修が始まったとき、TOP5に選出されること、イベントでプレゼンテーションをすることを目標にしていたのでとても嬉しかった。

リーダーシップ研修を受けて変わったこと
自信がついた
イギリスに来てから自信を失うことが多く、自己評価が大きく下がった。文化の違いを強く感じる中で、自分にできないことばかりに目が向き、萎縮してしまうことが多かったからだ。でも、研修を通じて自分の強みを知り、講師や他の参加者からエンパワメントを受けたことで、次第に自分のことを前向きに、優しく評価できるようになった。研修中に転職活動を経て昇進したことや、QIプロジェクトに取り組んだ経験も自信を取り戻す大きなきっかけになったと思う。
社交的になった
イギリスでは社交的な人が多く、そして社交的な人が好まれる傾向にある。ちょっとした世間話に始まり、仕事のあいまでの雑談など、ソーシャライジングが活発だ。私はこのちょっとした雑談が苦手だった。一生無理だと思ったソーシャライジングも、イギリス生活3年を経ておしゃべり度が増し、ソーシャライジングを楽しめるようになった。これは仕事ができるようになり、自信がついたことが影響していると思う。
去年、勤務先でQIプロジェクトを発表するイベントがあり、参加した際には看護部のトップに自ら話しかけてアピールしたり、他の参加者とも自然に交流することができた。このイベントを終えたとき、イギリスに来たばかりの頃の自分とはまるで別人のように感じた。
院内の看護師ポスターイベント。今年取り組んだ水分出納バランスのQIプロジェクトを提出。看護師主導のカテ治療やプログラムがたくさんあって、改めて🇬🇧看護師のポテンシャルの高さを感じた。 pic.twitter.com/PUVKCRbFoW
— MARI (@MariNursing_uk) October 4, 2024
研修後の目標
リーダーシップ研修を通して、目指すクリニカルナーススペシャリストになりたいという目標ががより明確になり「私ならいつかきっと実現できる」と思えるようになった。
また、リーダーシップを学ぶ中で、師長職にも向いているのではないかと思い始めた。日本にいた頃は、リーダーに向いていると言われたことは一度もないし、自分でもそういうタイプではないと思っていたけど、研修を通じて自分の持つスキルやポテンシャルに目を向けられるようになった。師長職は責任が重すぎるから、本当に自分のやりたいことかは分からないけど、これから経験を積む過程で考えていこうと思う。
おわりに
日本とイギリスのリーダーシップには多くの違いがあり、とても興味深い。文化の違いによって求められる人物像が異なるため、それに応じて変容を求められる。イギリスで看護師として働いて3年以上が経ち、日本人としてのアイデンティティを保ちつつ、年々ヨーロッパ寄りの価値観へと変化しているのを感じる。
日本とイギリス、それぞれの良さを知っているのは、私ならではの強み。すべてイギリス式に変える必要はないし、イギリスは異文化に寛容なのでそういった押しつけがないのが良いところ。イギリスのスタイルを主軸にしながら、日本で得た経験や強みを活かし、自分の成長につなげていくことが次の目標🌸